シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ⑤ あらためて持ち家か賃貸か

シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ⑤ 

あらためて持ち家か賃貸か 

住宅屋である私がテーマにするような事ではないかもしれないが「最期に暮らす家」という観点からは避けて通れない内容かと思い、この難しいテーマに立ち向かおうかと決心した。

「最期に暮らす」というからには家で人生を終えるというイメージが素直に浮かんでくる。最近は自宅で最期を迎えられる人は少ないのではと思い調べてみたら、厚生労働省2013年データでは、自宅で最期を迎えたが12.5%で、ほとんどが病院でとなっている。1952年は家で最期が82.5%なので様変わりだ。 

自分の周りを見ても納得できる数字ではあるが一方で驚きでもある。これでは「最期に暮らす家」は不必要とも思えてしまう。 

また最近はこんな言葉もよく目にするようになった。「持ち家貧乏」「下流老人」「晩年の貧困化」「老後破産」・・・なんとも老後に希望の持てない感じではあるが、一般論で論じても仕方ない。 少し自分なりに話を整理してみよう。 

住まいに質を求めるということを前提にすれば、賃貸で満足できる可能性はまずなくなるだろう。私は健康という観点から住宅の質にとことんこだわった家づくりの仕事を40年余りしてきた。その健康で快適な空間となると賃貸ではありえない話だが、状況によっては賃貸もそれなりにありうるのではと最近は思い直してもいる。 

ネット上では持ち家と賃貸住宅の比較サイトは数多くあるが、そのほとんどが金銭面での損得勘定のようだ。この比較も年齢や家族構成、土地の有無などあるいは住みたい場所など前提とする要件が様々に動くので金銭だけに比較要素を絞っても答えは一つではないだろうと思われる。 

賃貸では可能で持ち家ではなかなか困難な要素は立地条件だろう。例えば駅から1分以内あるいは住みたい場所の土地が高すぎて手がでないなどが考えられる。そうした場所に住みたいと願えば可能性は賃貸でしかないだろう。 

またこのシリーズのテーマである「最期に暮らす」という観点からは、自分が死んだ後あるいはパートナーに先立たれた場合の、家での暮らしそして家の始末を想像すると持ち家の重たさも感じてしまう。 

高価な物という意味では、都会の家が日本では断トツに高価格なものであろう。高価なものを持つ喜びも大きいが、持たずにシンプルに生きる喜びも一方にある。 

家づくりという贅沢な仕事を40年近くさせていただきながら、持たない美学みたいなかっこよさにも若干のあこがれはある。どうしたものか・・・ 

賃貸住宅でも今まで培った健康住宅の経験と知識をフル動員すれば、限界はあるが相当程度健康的で快適そして自分のセンスにあったしつらえはできる。そんな相談もOKとするかな。 

お客様の声

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