シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ③ 大切に思えるか

シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ③ 

大切に思えるか 

今回もまとまりのない文章になりそうな予感がする。「おっちゃん」テーマが難しいぞ。それでも頭に浮かぶまま書き記していこう。 

自分を大切に思えるか。相手を大切に思えるか。住まいを大切に思えるか。こんな思いでこの題名が浮かんだ。はずだ。 

「最期に暮らす」を「生き切る」と言い換えることもできるであろう。人生を何とはなしに生きてしまうのはもったいない。人生にはいろいろなステージがあるし局面がある。学業に励む時代、仕事に夢中になる日々、第二の人生と言われる時期、終末期。そして家族・身内がいる。 

「最期に暮らす」は何も終末期だけのテーマではない。生まれてから死ぬまで、どんな時期にも当てはまる大切な要素だと思う。「死ぬ気でやれば」「最後だと思って」との表現で励まされたり怒られたりした方も多いであろう。 

日本人の頑張り精神が感じられる表現だが、心にゆとりがない感じもする。 

もう少しゆったりとした感じで、でも何となくダラダラと生きるのではなく本気で生きている。そんな暮らしのイメージを「最期に暮らす」ととってみてはどうだろうか。 

随分と強引な解釈にも思えるが、もう一つ「最期に暮らす」には「死ぬ気でやれば」「最後だと思って」とは異なるイメージが浮かぶ。 

「暮らす」という表現の中に、共に暮らす相手がいるという絵柄を思い描くことができる。ここから「大切に思えるか」という今回の題名が出た。 

共に暮らす相手を大切にする。一緒に暮らす住まいを大切にする。その前提として自分自身を大切にする。 

自分たちが暮らしている住まいを大切にする。それは持ち家でも賃貸でも同じことだ。掃除好きの方も掃除が嫌いな方もいるだろう。家の掃除も毎日のこととなると中々大変なことだろうが、こう考えると、異なるイメージが持てるかもしれない。 

「家を自分の心」と考える。家をきれいに保つことは自分の心をきれいに保つこと。自分の心を直接きれいにすることはイメージしにくい、どうしていいか分からない。 

かなり昔に「家を掃除すること=自分の心を掃除すること」の方程式を思いついた。それからは掃除をすることに抵抗がなくなったが、今はそれがエスカレートしている。現在のパートナーは極めて掃除好きだ。その結果、早朝の犬の散歩終えてから、二人で一時間あまりの掃除が日課になった。犬の足を洗った後の風呂掃除から、家中を掃除機、モップ、雑巾で徹底的にする。掃除が終わってだいたい7時。それなりの運動量なので、心の掃除はともかく、身体を動かした気持ちよさは間違いなく得られている。 

やっぱり、何がテーマなのか分からない文章になってしまった。 

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