「仮面夫婦が仲良く暮らす家」3

仮面夫婦、良いも悪いも仮面次第

仮面夫婦という言葉を世間の常識とは違った角度で見てみると人生の奥深さすら感じてくる。

人は無数の仮面の集合体とみると本当の自分たるものは元々存在しない。遺伝子、環境、教育などで人によって持っている仮面の傾向はあるのだろうが、それでもほとんどの種類の仮面を潜在させているのかもしれない。

単純に言ってしまえば、良い人の仮面、悪い人の仮面、怒りっぽい仮面、気長な仮面、怖い仮面、優しい仮面、頑固な仮面、物わかりのいい仮面、雑な仮面、丁寧な仮面、良い面を見ようとする仮面、悪い面を見ようとする仮面・・・ときりがない。

夫婦が出会ったころはお互いの良い面を見ようとする何か力が働いているのだろう、恋は盲目ということか。

時間が経過して落ち着いてくると、良い面ばかりではなく、元々あった悪い面や嫌な面も見えてくる、こんなはずではなかったとなるか、それはそれで面白いと感じるかでずいぶんと生き方は違ってくるだろう。

仮面は誰のために被るのか、何のために被るのか。そんな単純な疑問にすら答えるのは結構難しい。

小学生の時に習った道徳のテーマ「人間には悪い心と良い心が同時にある。立派な人になるには、悪い心に打ち勝って、いつも良い心でいなさい。」

大人になって嫌々被る良い人仮面は偽善的で気持ち悪そうだが、素直な気持ちで被った良い人仮面は、自分自身の心をとても暖かくしてくれた記憶がある。

人間には成長欲というか成長に喜びを感じられるチャンネルもある。長い夫婦生活の上では実にいろいろなことがあるだろう。

その時々でそれぞれがつけている仮面も違うだろう。どんな仮面にしろ、これが本当の自分というものがないとしたら、その仮面は所詮一時のものだ。

感情のもつれで何か嫌な仮面を被りたくなった時、「人間には悪い心と良い心が同時にある。立派な人になるには、悪い心に打ち勝って、いつも良い心でいなさい。」と小学生時代に教わった超単純な道徳に素直な心で応じられたならば、暖かい気持ちに包まれ最悪な局面も意外といい場面に変わり喜びの気持ちに包まれてくるかもしれない。

それができた時、成長の喜びも訪れている。

良い人仮面は、人によって違うだろうし、その時々で異なるだろう。

どうせ我々人間は仮面を被っている存在ならば、上手に良い人仮面を使えればいいのではないだろうか。

仮面夫婦という言葉からそんな連想が生まれてきた。

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