シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ⑭ 狭いほうがいい

シリーズ 最期に暮らす、とっておきの家 ⑭ 

狭いほうがいい 

広い家に住みたいと憧れてきた方も多いことであろう。私もそうだ。できたら広い家でゆったりと暮らしたい、とのあこがれを子供のころから持ち続けてきた。

それからすでに半世紀以上が経ち、その間、様々な住空間での生活をしてきた。二軒のPAC住宅を含め、古い木造、アパート、マンションなど経験した空間は20カ所余り。その体験は、住宅の生活環境を扱う仕事人生に大きくプラスになったようだ。 

今回はそうした自分の体験と、これまで建てさせて頂いた多くのPAC住宅入居者の声も踏まえ、家の広さという観点からお話をしてみたい。 

誤解を恐れずに言えば、広すぎる家よりは狭いかなと感じる位の方がむしろいいのかなと最近は思うようになってきた。 

もちろん広い狭いは具体的な面積ではなく、その方が感じる、またその方の実際の生活からくる感覚的なものだ。 

「広がり空間」これはPAC住宅が最初から提案し続けてきた間取りの考え方だ。

「広がり空間」という名前から想像すると大きくて広い家のようなイメージを持たれる方もいるだろうが、「広がり空間」の意味合いは真逆である。 

「狭い」を「建築面積が小さい」と置き換えていただくと、その意味合いは分かりやすくなると思う。建築面積が小さくても広々とした生活はできますよ、それを可能にした間取りの技術が「広がり空間」という事だ。 

「広がり空間」の具体的な説明は別の資料を参考にしていただくことにして、ここではもっと感覚的に「狭い」ということも悪くはない、むしろ、すっきりとしていいのではないかという事を伝えたい。 

今回のテーマの「最期に暮らす、とっておきの家」がもちろん頭にある。その最期の期間が何年か何十年かはわかりようもないだろうが、いずれにしても人生の最終ラウンドをいかに充実させるかという事が前提にある。 

多くの方にとってこれまで歩んできた人生は、有り余るほどの物に囲まれてきただろう。この物を心の垢と置き換えると、やはりできるだけきれいにしたいと願う。

心の垢は心理的なものもあり、それは具体的に手に取ることのできる形のあるものではない。それだけに扱いは厄介でもあるが、一方、物は具体的な形がある。捨てるという方法論が具体的にとれるということだ。 

そして物を持つには場所が必要だ。人間の心は揺れるものだ。物欲もなくなるわけではない。しかしコントロールはできる。そのコントロールを心だけに頼らないで、置く場所すなわち住まいを小さくという考え方も浮かんでくる。狭い家もいいかも知れない。 

お客様の声

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