誰と建てるか ? そんな当たり前のこと・・・

家づくり、どこで建てるか、誰と建てるか、いつ建てるか 、そしてどんな家を建てるか  全20話 no.4

ここでは誰と暮らす家を建てるかというテーマで話をすすめたい。 

何と当たり前の事、馬鹿げたテーマだと感じられる方がほとんどだと思う。 

配偶者、子供、親など身内と暮らす家に決まっている。 

確かにそのとおり、考えるまでもないこと。家族の幸せのために家はある。 

では家を建てて本当に家族は幸せになるのだろうかと設問を変えてみる。 

家そのものはどこまでいっても物でしかない。 

ただ極めてお金のかかる物ではあるが。 

「家さえ建てれば家族は幸せになる。」それは、「小遣いさえ与えておけば子供は幸せになる。」との問いと変わらない気がする。 

小遣いの与えすぎでだめになってしまう子供はたくさんいる。 

家づくりを始めたが故に、だめになってしまった夫婦関係は結構あるし、親子の関係もご多分にはもれない。 

家も小遣いも悪いものではないし必要なものだ。 

家さえ、小遣いさえ・・・この「さえ」に問題がある。 

「小遣いを与える」と「小遣いさえ与えておけば」は意味合いが異なる。 

「家を建てると」と「家さえ建てれば」もずいぶんと語感が違う。 

「さえ」が語尾に付くととたんに寒々とした空気が流れる。 

夫婦関係、親子関係はなくてはならないものだし素晴らしいものだ。ただそれがあって当たり前と感じるようになってくると、有り難味が薄れうっとうしくも感じてくる。時間の経過とともにそういう感情が芽生えるのは誰しも経験していることだろうし、それが人生と言うものかもしれない。 

マンネリの風が吹くということか。 

どんな事でもどんな物でも普通のこと当たり前のものと感じられるようになってくると、どうもマンネリの風が吹くようだ。マンネリの風が吹くと感激もなくなりすべてが色あせて見えてしまう。毎日普通の時間が経過するのがつまらなく感じてしまう。人間のサガと言ってしまえばそれまでだが、そこで一踏ん張りして欲しい。 

当たり前のこと普通の事がいかに素晴らしいかは、何か事故や事件、大病を体験すれば誰でも思うことではあるが、その素晴らしさを日常の中で感じられたらそれこそ最高だ。 

家はその日常の舞台だ。家づくりは非日常的なことであろうが、つくられた舞台では日常の暮らしという超ロングランの舞台が展開される。 

家族という役者とどのような人生をこれから織り成していくのか、家づくりはそうした人生の根底にある当たり前の事をあらためて見つめなおすチャンスでもある。 

お客様の声

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