海を見ながら食事をする贅沢

静岡県Yさん2002年建築

南洋植物の研究者だった妻の父からもらったレモンやH本では珍しい女王祁子の苗木を庭で育てたくて、冬の暖かい伊豆に300坪の土地を手に入れ、とりあえず別荘替わりの家を建てたのは18年前のことである。

転職を機にそこを本宅として住み始めたのは10年前であるが、いざ毎日そこで生活してみると、少ない予算で建てた家の悲しさ、いろいろと困った問題が生じてきた。 

大きな問題点は四つ。

①冬の何日間か、天城山の方向から猛烈な西風が吹き降ろすことがあり、安物のアルミサッシの窓はガタガタヒューヒューと大きな音で鳴き通し寝られない夜が続く。

②暖地とはいえやはり冬はそこそこに寒いので、風呂やトイレの寒さが歳をとるに連れて身にしみる。

③アルミサッシの窓は実は隙間だらけで、閉めてあっても大きなムカデが時々這い上がってくる(これは刺されると大変なのでそのたびに大捕物になる)。

④2階は静かに歩いてもドンドンと下に響き、強風時にはミシミシと家全体が揺れる。その他にも雨漏りや壁のひびなど次第に欠陥も増えてきた。

我慢しつつ数年が過ぎた頃、未だ十分耐用年数はあるので後加年程度は我慢してこの家に住み続けるべきか、思い切って今のうちに快適な家に建て直し、むしろ定年までにローンを完済してしまった方が得策かと悩み始めた。しばらく逢巡した挙句、「建て直す」という結論を出したのは、3年ほど前のことである。

旧宅で直面した諸課題がすべてクリアでき、しかも老後を安心して過ごせる家とはどんな家か?

終の棲家を失敗する訳にはいかない。住宅雑誌やら住宅展示場巡りなどお決まりの調査を開始。

高気密・高断熱の輸入住宅から始まってソーラーサーキットやOMソーラーなどの新しいシステムにも調査の綱を広げて調べていくうちにPAC住宅に出会った。

さっそく資料を送ってもらったものの、小さな文字の羅列で素人には訳のわからない説明ばかりのパンフレットだったので、しばらく放置しておいた。しかし、そのうち他のシステムにも何となく違和感を持ち始めて、あらためてPACの資料をじっくりと読み直した。どうやらこれが本物なのかも知れないと思い始めたのは調査を開始してから半年ほど経った頃のことである。

営業担当の方に何軒か現場を案内していただき、最終的にお願いすることに決めた。以前から懇意にしている地元の工務店にさっそく打診したところ、やってみましょうと快諾してくれたことでいよいよ具体化に向けて動き出した。2001年9月末のことである。

さて新宅の設計は次のことを念頭において進めた。

①普段は夫婦二人だけであるが、時々子どもやその家族が泊まりにくるため、彼らが来ても困らない広さとする(40坪前後)。

②北東から東方向にかけて相模湾が一望できる立地条件をいかし、眺めの良い2階をメインの生活空間とする。

③上下階の往来を楽にするため、階段まわりに余裕を持たせる。

④妻の仕事場でもあるピアノ室を1階に独立した部屋として確保する。

⑤床面は段差のないいわゆるバリアフリーとする。

自分でつくった間取り図を基に、設計陣にPACの仕様に合わせた設計を進めていただいた。

基本設計図ができ上がったのは半年後の2002年春である。

エネルギーは深夜電力利用のオール電化とし、暖冷房システムも深夜電力利用のヒートポンプ式かくれん房を導入することにした。窓をすべて気密性の高いペアガラスの木製窓にしたり、2階のフロアのほとんどを、思い切って足ざわりの良い桐のフローリングにするなど、いくつか自分なりのこだわりも取り入れてもらった。

2002年5月いよいよ旧宅の解体を開始し、7月末に棟上げ。そして予定より若干遅い皿月中旬に竣工した。

PACの設計陣と現場工務店との意思疎通がうまく図れず食い違いが生じるというようなことも2,3回あったけれど、総体としてはうまく連携がとれ、ほぼ設計通りの家ができ上がってホッとした。

オール木製窓や広いベランダ・バルコニーなど、二、三の特殊仕様を除けば特に賛沢な材や設備を入れたつもりはなかったけれど、終わってみればトータル約4000万円と当初見込みよりは出費がかさんだ。

早いもので住み始めてからもう2年が経過した。

最大の建て替え理由であった旧宅における問題点はいずれもクリアされた。

家中の温度差が少なく、冬でも風呂やトイレが寒くないというのは実感としてホントにありがたい。

妻が恐れおののいていたムカデも上がってこなくなり、やれやれだ。

窓を閉めれば、強風も、カラスの鳴き声や、夏の蝉しぐれなど、旧宅では不眠の原因になっていたこれらの騒音を気にせず寝られる。

当初は建て替えを渋っていた妻が今は一番よろこんでいる。

階段も、106㎝幅でステップも16段と緩くしたせいか、日に何度上り下りしても億劫に感じることはない。桐の床も心地良いやわらかさで、冬裸足で歩いても暖かく、期待を裏切られなかった。

エネルギー(電気)代も真冬の一番かかる時でも1万7000円程度、春秋は1万円以下で済み、川宅よりかなり安上りになった。

終の棲家をPAC住宅で建てたことは正解だったと思い、満足している。

2階のリビングで、日々変わった顔を見せてくれる相模湾を眺めながらゆったり食事をする、というただそれだけのことでゆたかな気分になれるのはありがたいことである。

20年前にこの地に移したレモンの幼木は今では登れるほどに大きくなり、女王椰子も2階の屋根に届くほどに成長して主人顔で大きな葉を風に揺らしている。

先々も子や孫たちがこの家を利用してくれるであろうことを期待して、メンテナンスにも気を使っていきたいと考えている。

本質を暮らす贅沢な家より

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