尾山台の家

原点は「食べる」・「寝る」

人間の欲望の最期は生きること。そのためには食べる・寝るという行為は不可欠の要素とい うことになってくる。

家づくり、家族関係という視点からとらえても、生活の根幹にあるのは食べる行為と寝る行 為ということになりそうだ。家の中で誰もがしていることとなると、食べる、寝る、風呂に入 る、排世する、さまざまなくつろぎ、個人の身支度ではないだろうか。もちろん食べるために は誰かがつくらなければならないし、育児、家事仕事がこれに加わってくる。

誰もがしている日常の行為の中で、個室で行われていることを除けば、食べる、に集約され る。いわゆる、家族の共有空間にあたる食堂で、ということになる。すれ違いの多い家族や家 にいる時間の少ない家族にとって、家の中の唯一の拠点が「食べるところ」食堂ということになってくる。

人間の根源的欲望である食べること、そのための食堂が家族のあるいは訪れる人たちにとってこころの通う場にすることはとても意味が大きいと思う。食べることが楽しめるような場、 多くの人間と食べることでもっと特別な楽しい時間が持てる場。もちろん、その場その空間に、もてなすこころと、愛情たっぷりの料理がなければ完結しない。

人間、怒りながら食べている姿はあまり見かけない。手づくりの気持ちのこもった料理に美 味しいお酒、よほどのひねくれ物でない限り、自然と顔がほころぶというもの。

さてその食堂を充実させようとなれば、どうしたってつくる場所、台所をおざなりにはできない。食堂との動線を考えて機能的なキッチンにしなければならない。

台所はいわば時間が勝 負の戦場さながらの場でもある。機能優先に他ならない。さらには、決して一人でつくる場とはしないことである。そうすれば、家族でつくる、また友人を呼んでわいわいやる時も、誰もがキッチンに入れることになり、より親密なつき合いにもなろうというもの。


次に、寝る、いわゆる寝室に対する考え方は、一人の場合もあるし二人の場合もあるし、もっと複数の場合もあってなかなかややこしい。しかも、一緒に暮らすことの原点というとらえ方をしていくなら結構議論の分かれるところである。簡単に考えれば、一緒に暮らしている以上は家に帰ってくるわけで、必ず寝る場所が必要ということになる。

一つ屋根の下で食べて寝て、だから家族なんだ、といっても何ら不思議はない。

ただそこに お互いが向き合って生活しているのか否かが問われるわけで、どんな寝室のあり方だって変わ りないと言えば言えてしまう。

つくって食べる場所をできるだけ家族の集える場所として大切に考えたいということは言い 切れても、寝室に限って、特に夫婦の寝室についてはこれでなくてはということはないと思う。


どうしても一人で食事したい時は時間をずらしたり外で済ませることができる。夫婦の寝室としての一室から逃れたい時、まさか外泊ということは難しい。しかも子どもや両親が一緒の場合、どちらかが他の部屋で寝ること自体が特別なこととして受け止められてしまうとなれば、 それもできない。

夫婦の寝室をもっと大切に考えたいというのは、人間として自然体でありたいということに他ならない。

もちろん子どもの寝室をとりあげても、年齢で考えるのではなく、その子のこころの成長を 見つめながら適切な時期に空間を与えるという難しさがあるし、そしてどの子にも本当に子ども室は必要かといった議論になってくる。

両親など高齢者の寝室ともなれば、安全性、機能性といったハードな側面からの配慮、そして何より精神面のサポートをどうしていくのかといったソフト面からも生活空間をつくっていかなければならない。それは、それぞれの寝室が他の生活空間とどうリンクしながら配置されるのかということになる。


少し具体的に、それぞれの生活空間そして共有空間をかたちでなく、実際に仲良く暮らせる ようにつくるにはどうすれば良いか考えていきたい。

若林礼子

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