尾山台の家

シンプルで贅沢

シンプルライフにあこがれながら、一方で最高の賛沢を追求している。二人にとっての賛沢、それは毎日の生活が顔の見える関係であるということ。
たとえば食生活、オーガニックな野菜や穀物と魚それにワインとお酒で組み立てられているが、生産している人や会社の基本姿勢を知っていたい、生産に携わっている個人を知りたい、取り扱っている人との心の交流が欲しい。
料理法も自己流ではあるが、それでも参考にする料理本はこれはと思える作者のものになる。調理器具も製作者の顔が見えないまでも、こだわりの歴史のある実用性の高いものを追求している。

食器となると、これは顔の見える関係はつくりやすい。
事実、わが家の食器はほとんどつくり手の顔が見える、それも個人的に親しい作家たちのものである。それらの食器を収納する家具も、親しい人の制作となる。実際わが家の家具は、ほとんど食器を入れるものと食事をするものである。


朝と夜、毎日の食事にかかわるものすべてが顔の見える関係でありたいと思う。もちろん、生き方のすてきなユニークな人たちの顔、顔、顔..。

尾山台の家台所まわり

その延長線に建物もある。
家づくりは、実に多くの物と人に関係してくる。そう した一つひとつ、一人ひとりの顔が見える、しかもきちっとした、惚れることのできる顔と関係してつくられる家づくりが二人の仕事でもある。
当然、尾山台の家もそうした顔の見える関係でつくられている賛沢な家といえる。もちろんキンキラキンで豪華というイメージとは対極にある。本質的なところにきちっとお金をかけた家、つくり手の顔の見える材料や設備で、信頼できる職人さんたちの手でこつこつとっくられた家である。


物や情報のあふれた現代社会においてシンプルに生きることはなかなか難しい。それだけに多くの人をひきつけてやまない生き方なのだと思う。


シンプルに生きる、それは物を少なくという前に、心の問題なのだと思う。シンプルな心で生きれば自ずと物は少なくなるし本質的なものとなっていく。


尾山台の家階段まわり


シンプルな心、言葉は簡単だがそれはどんな心?達観した心、悟った心、迷わない心、葛藤のない心、不安のない心、よろこびに満ちた心といったことになるのだろうがこれでは常人にはシンプルな心は望めないことになる。そうなればシンプルライフもなくなる。だからこそあこがれなのか?

といったことを毎日の生活、仕事の中でもテーマにしながら生きている。それが私たち二人のシンプルな生き方へのプロセスとなっている。自分の心と素直に向き合える空間、向き合わせてくれる道具たち、一つひとつ誠実な心でつくられた空間、その中にある生活用具は、そうしたシンプルな生き方追求に大きな力を与えてくれている。
顔の見える関係の中でこそ人間は成長できる、だからこそ毎日を顔の見える人や物に囲まれて生きたいと願っている。

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